田園調布学園中高2027
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ひ  と明治9年、徳島県岩倉村に生まれる。官立商船学校(現在の東京海洋大学)に学び、日本郵船会社で外国航路の船長として活躍。47歳で退職した後、国家・社会の役に立てないかと、私財をなげうって田園調布の地に調布女学校を設立。初代校長として、川村理助を招聘した。慶応3年、□城県南の岡見に生まれる。東京高等師範学校(現在の筑波大学)を首席で卒業し、28歳で和歌山師範学校(現在の和歌山大学)の校長に就任。一方、家庭的には、脳膜炎の後遺症により知的障がい者となった長男、脳□血による半身不随で寝たきりの夫人を介護する日々を送り、その歳月の中で、「捨我精進」の道を悟る。大正15年、西村庄平の招きにより、調布女学校の校長となり、生徒の育成に努めた。このシンボルマークは高等部生徒の原案に創立当初の卒業生に送った文箱のデザインを組み合わせたものです。「無限大」と校章「カワラナデシコ」を重ねて学園は未来に向かっていきます。川村理助初代校長は、自身の生活体験の中で、どんなに困難な状況にあっても、わがままを捨て、自分の目標に向かって懸命に努力するとき、心は楽しさで満たされ、無限の力を発揮できる、という境地に達し、その心境を「捨我精進」ということばに託しました。学校法人調布学園はこれを建学の精神としています。創立以来、本校は、「捨我精進」の実践を通して、健全な人格と真の学力および豊かな教養をそなえた女子を育成してきました。知・徳・体の調和した教育活動を行い、「強い心・思いやりの心・素直な心」を育み、社会に貢献できる人格の土台を作ることを目指しています。02100 周年シンボルマーク建学の精神創立者 西村庄平(1876〜1933)初代校長 川村理助(1867〜1947)学校沿革自分本位の 我を捨 て 、目標に向かって 努力し続けること 、他 人よかれと行 動 すること1926 (大正 15 年) 調布女学校創立(設立者 西村庄平) 川村理助校長就任 1927 (昭和 2年) 調布高等女学校 設立1930 (昭和 5 年) 細川武子「精進の鐘」建立を発願 制作中の鐘に代わりにと寄贈された時鐘 の第一声を打つ1932 (昭和 7年) 精進同窓会発足1934 (昭和 9 年) 精進の鐘鋳造、初撞式を行う1935 (昭和 10 年) 第2運動場(グランド)が完成1947 (昭和 22年) 調布中学校(新制)設立1948 (昭和 23年) 調布高等学校(新制)設立1977 (昭和 52年) アメリカでのホームステイ制度を開始1992 (平成 4 年) 海外帰国子女入試を導入2002 (平成 14 年) 土曜プログラムを開始2004 (平成 16 年) 田園調布学園中等部・高等部に校名変更2005 (平成 17年) 校舎第2期工事が完成 ユネスコスクールに加盟2014 (平成 26 年) 併設型中高一貫校に移行 土曜授業推進事業に認定2018 (平成 30 年) 第二校舎(創造探究棟)改築竣工2026 (令和 8 年) 創立100周年捨我精進

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