学園ブログ

「わかりあえなさ」をわかりあうために ~ドミニク・チェン氏講演会

9月8日(水)のホームルーム時に高等部文化講演会を行いました。講師は早稲田大学文化構想学部 准教授のドミニク・チェン先生です。分散登校中なので、半分の生徒は教室でZoom、自宅の生徒はYouTubeLiveで聴きました。

チェン先生の研究領域は、テクノロジーと人間の関係性、人間と人間以外・生命をつなぐこと、などコミュニケーションの本質を新しいメディアで探るというものです。「わかりあえない」ことを前提としています。

まず、最近企画した「トラNsれーショNs(トランスレーションズ)展」という展覧会の様子を動画なども入れて紹介してくださいました。『「わかりあえなさ」をわかりあおう』『わかりあえなさをつなぐために』という、普段それぞれがどこかで感じる感覚がテーマです。チェン先生は、お子さんの誕生をきっかけとして、人とのつながりや人って何だろう、と振り返るようになったそうです。

この展覧会では「翻訳」という概念を様々な切り口で「科学」しています。一つの言葉を言うと20以上の言語でその単語を発音する展示もユニークで、音と映像で生徒たちもことばのシャワーを感じているようでした。この展示は言語の研究プロジェクトでもあるそうです。「言語は一対一対応ではなく、もっと多面的なものとしてとらえられるべきで、それを体感できる」という言葉が印象的でした。

また、その展覧会で紹介されていた「Ontenna(オンテナ)」というシステム(写真左)。聴覚障がい者の方のためのもので、花火などの音をこの装置を通して実感することができるとのこと。小さいので、髪や洋服につけることもできるそうです。ある種の翻訳とも言えます。その他、お互いの存在感が遠隔地でも感じられるための装置や、PC上でタイピングするそのスピードやためらいも可視化する装置の紹介がありました。文章として書かれた結果だけではなくそのプロセスも可視化する装置は、普段メールやラインで文章を書くことの多い生徒たちにもとても印象深く残ったのではないでしょうか。

最後に、ぬか床ロボット「NukaBot」も紹介されました。とても気に入っていたぬか床をだめにしてしまったのをきっかけに、失敗しないための「しゃべるぬか床ロボット」を開発したそうです。「今、食べごろだよ」「そろそろかき混ぜて」としゃべる一つ目小僧のような「ぬかボット」に生徒たちもにんまりとしていました。ぬか床ロスという「情」がテクノロジーと結びついたチェン先生らしい作品でした。

たくさんのことを紹介したいのだけれど時間が来てしまいました、と盛りだくさんの内容の中で、「テクノロジーはただの道具、人間が感じるものをもっと価値あるものにするためにAIがあると考えている」「テクノロジーそのものが目的ではない、産業的な視点にとらわれてはいけない」と締めくくった言葉は、とても印象的でした。

講演後は、生徒たちの質問時間でした。「コミュニケ―ションが苦手な人にとっての助けとなるようなテクノロジーはあるのか」「分かり合えないと感じることが自分もある。どうするとわかりあえるのか」「コロナの影響でオンライン化が社会で進んでいると思うが、オンラインだとやはり自分の気持が伝わりにくいと思う。会社のオンライン化などは進めるべきだと思うか。」などに、チェン先生はとても丁寧に答えてくださいました。YouTubeLiveの配信を終えた後も、教室の生徒たちは、Zoomを通してさらに質問をしていました。(写真左は質問をする生徒。右は「NukaBot」。)

講演の後、教室では、「私たちが他者に心動かされるのはコミュニケーションの結果ではなく、相手も同じように悩み、手間をかけながらそのコミュニケーションに臨んでいるのだという過程なのかもしれないね」と話している生徒もいました。

また、この翌日の高等部3年生現代文演習の授業では、鷲田清一氏の「脳死や身体」を題材とした「身体は誰のものか」という評論を読んだのですが、講演と重なる部分が多いと生徒たちも感じたようです。伺ったお話が「発酵」して生徒たちの中に蓄積されており、次の行動がとても楽しみだと思いました。

図書館では、講演会のかなり前から、チェン先生のコーナーを設置して図書も紹介しています。著書を読むことでさらに考えを深めることもでき、聴いたお話と何かを「つなぐ」ことにもなります。さっそく本を借りに来た生徒もいました。(写真は図書館でのドミニク・チェン氏コーナー。)

今回の講演は、早稲田大学文化構想学部に進学した生徒とのご縁で実現したものですが、高2担任社会科坂本教諭の「ドミニク・チェン氏の話を高等部生に是非聴かせたい」という強い思いや、氏の本を読み感銘を受けた清水校長の是非にという思いもありました。教室でZoom接続し、それYouTubeLiveで配信するという技術的なサポートのICT教育推進室のメンバーも含め、多くの方の思いや技術が合わさって実現した文化講演会でした。(写真左はYouTubeLiveの様子。右は教室の坂本教諭。)

(教頭 兼子)