学園ブログ

高等部1年精進講話

9月9日(水)のLHRに兼子教頭による精進講話がありました。高等部に入学後、はじめての精進講話であり「学ぶこととは何か」という本質的な問いに対して考える機会となりました。以下は生徒の感想です。

 

「あなた方は何のために学んでいますか。」講話のなかでそのように問われたときに思わずぎくりとしました。

2020年3月コロナウイルスによって私たちの生活は一変しました。春休みの予定が自粛の二文字でなくなり数か月にわたる自粛期間が始まりました。あの時間をどう捉えるかは人それぞれですが「コロナ鬱」という造語が出来るほど息が詰まる思いをしていた人は少なくなかったようです。私も自粛に対してだけではありませんが勉学においてかなり苦しい思いをしていました。小学生時代は中学受験を親に言われるままに決めて勉強、中等部時代は試験の成績が悪いと好きなことが出来ないから勉強、いつまでもやらされている感覚で大人に頼り切りの学生生活を過ごしてきました。それが仇となり誰の監視の眼もない自宅での学習に全く手がつけられず、いけないとわかっていても自堕落な生活を送ってしまいました。だから何故学ぶのかと問われたときに自粛期間中の自分を見透かされたようで後ろめたい気持ちになったのです。ですが講話後に私は晴れやかな気持ちでいました。

「学ぶこと」それはその行為自体に意味があるのではなく自分という個を形成するための一つの方法にしか過ぎない。学びの先には「自信」がある。自己肯定感の低い私にとっての答えはこれだと気がついたからです。しかし学びの先に何を見出すかは人それぞれ。大切なことは私たちは何のために学ぶのか答えを出すために学んでいるのだということです。私がこうして一つ答えを出せたのも精進講話での学びがあってこそでした。絶えず変わり続ける社会で生きていくためにこれからも学び続けようと思いました。  (高等部1年 OM)

精進講話後に生徒が感じたことは様々であったと思いますが、明日からの学びに変化が訪れて、学びの質が深化することを期待しています。(高等部1年担任 柴生知子)